戦後60年、日本の経済はめざましい発展をとげました。占領期から独立期にかけて、国内的に平和の状態が保たれたことが大きかったと思います。けれどもそのことでわれわれは、いつのまにかわれわれ自身の精神的な自立、および倫理的な生き方に十分の配慮をすることなく時の経過に身をまかせてしまったきらいがないではありません。そのために噴出しはじめた綻びが、今日わが国社会のいたるところにみられることは周知の通りです。

家庭や教育現場における人間関係の乱れ、公的機関や企業における不祥事、そして心の凍りつくような残虐な事件の発生など、いずれも日本人の精神の衰退、かつて日本人がもっていたはずの倫理性の喪失を示す兆候ではないでしょうか。物質的な豊かさにともなう心の世界の空洞化が、危機的な様相を呈しているというほかはありません。

なぜ、そのようなことになったのか。むろん原因はいろいろ考えられるでしょう。だが第一に見過ごすことのできないのが、やはり教育の問題だったのではないでしょうか。戦後の教育の歩みをふり返るとわかりますが、そこではつねに知識の習得に力点がおかれ、科学技術と経済社会の進展を重視する方策がとられてきました。むろんそのこと自体は至極当然の選択でしたが、しかしそのため文化、芸術、宗教などの問題が周縁的な扱いしかうけてこなかったことも否定することができません。その結果、人間の精神性と倫理感を育む「心の教育」がおろそかにされてきたのだと思います。このような反省に立つとき、われわれは今や、自立と創造を目指す「真の知力」の重視という旗を掲げるとともに、もう一つの教育軸としてこの「こころを育む」環境づくりのためわれわれの知恵と努力を結集すべき段階にきていると考えるものであります。

それにしても、今日における大人社会の元気のなさ、自信喪失のありさまはどうしたことでしょう。拠るべき価値観とモラルの道標を見失い、まさに混迷の度を深めているというほかはありません。とするならば、このような状態から脱却するため、われわれはあらためて歴史に学び、世界の諸変化をも見定めつつ総合的な視点にたち、自己再建の方途を探るべきときにきているのではないでしょうか。

このような課題にとり組むため、われわれはここに経済界、学界をはじめ、民間における各方面の専門家の英知を結集し、何が解決のために緊急の問題であるかを明らかにするとともに、広く意味ある提言をおこなっていきたいと考えております。それを契機として、家庭、学校、地域社会、企業、NPOなどにおかれましても、民間の力を全国的に展開する形でこの「こころを育む」全国運動にご参加いただきたいと、心から念願するものであります。

発起人 遠山敦子 (元文部科学大臣)