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最新レポート

鷲田清一さんとの対談を終えて  山折哲雄座長に聞く

  • 2014年1月17日
  • 有識者対談

山折先生による各対談ポイント解説

 

山折先生による対談のポイント解説、第1回は鷲田清一先生との対談回顧録です。

<対談の内容は下記からお読みいただけます>
第1回対談:鷲田清一先生 (連載)第1回 第2回 第3回 第4回

 

鷲田清一さんとの対談を終えて  山折哲雄座長に聞く

哲学者・鷲田清一大谷大学教授との対談を、山折座長に振り返ってもらいました。

ポイント解説

有識者会議メンバーとの対談で初回となる鷲田さんとは、まず、全体のシリーズの共通テーマである「教養とは」という本質的な問題について話し合いました。一言で要約すると、私も含めて漠然と考えてきた「教養とは何か」という問いです。
それに対する答えは、一つは「知識の集積」ということです。もちろんそれが基本ですが、もう一つの答えは、「知識を集積する人格の陶冶」ということでした。この2つを欠かすことができません。しかし、果たして、それだけでいいのか、という問題提起をしたつもりです。
問題は、それを「どう実践するか」、「どう社会に役立てるか」、あるいは「今後の世代のためにどういう意味づけをするか」。それらがこれから非常に重要になるのではないか、ということを話し合いました。
議論の中で、鷲田さんは諸外国、先進国との比較をしてくださって、とりわけフランスの教育における教養とは何かを紹介してもらいました。日本の現状と比較してくださったのが面白いところです。反省材料としても、一つの道筋をつけてくれたと思います。
日本では、大学の低学年の段階では、一般的な教養、リベラルアーツと言われるものが機械的に適用して教えられてきました。学部に入ってからあとは途端に専門の知の世界が導入され、専門的な知識だけを注入するというやり方できたわけです。それに限界がきて、改めて今教養が大事だ、ということになってきました。専門家であることも大切かもしれないけれど、ジェネラリストの存在も重要だとなってきました。
専門的な知と、「人間いかに生きるべきか」という問いに基づいた普遍的な総合知とが、相互に関連し、また、融合したりしながら行き来する。またその両者の関係も単に下から上へといったものではない、また一般的な知識から専門的な知識へという単純な二元論で考えるのでもない。そうではなくて専門的な知の中から外に出て一般的な知の世界に戻ってくるということがあっていい。そしてその個別的・専門的な知識をどう一般にわかりやすい形で、誰にでも受けとられるような知の世界に作り変えていくか、そういうことが問われています。そのためには、哲学という学問が必要になってくるだろうというのが、鷲田さんの立場です。
ところが日本では、近代になって西洋から受容した哲学に対する考え方というのは、専門知としての哲学一本槍でした。本来、哲学というのは、いかにものを考えるか、普通の言葉でどのように表現するか、そのような基本的なことを考えていくことから成り立っている世界です。それを難解な言葉で狭い世界に囲いこんでしまったのが日本の哲学という世界でした。哲学そのものを問題にしたのではなくて、哲学史の記述に終始してしまったというわけです。
哲学は本来、自分が何をどう考えるか、そしていかに生きるか、に尽きるわけです。それを忘れた哲学がまだ大学には無自覚のまま横行しています。鷲田さんは、その根本的な組み替えが必要だと言っていて、私も全くその通りだと思います。
さらに私から、これからの教養というのは、それを実践的な問題として受けとめ、現実の社会にどのように結びつけるかということが大切なのであって、そのためには、どうしても1人1人の当事者の勇気ある行動が必要となるだろうという、「勇気」という問題を出してみました。これは決断ということとともに、私がここしばらく考えていることでした。
書物を読んで、知識をえて、その蓄積をもとにこんどはどのような時代にどのような人が出現して、どういうことを主張したのか、そしてそれがどのような実践的な課題に結び付いていたのかを考えるようにならなければいけない。それではじめて、教養というものが他人事ではない、わが事となる。そのときに決断と勇気が必要となります。

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私は、大学生のころは親鸞という人間に傾倒していました。ところが、社会へでて、結婚して、就職難にあえいで壁にぶつかりました。非常勤講師という非正規雇用で何とか経済的にしのいでいるうちに、親鸞だけではとても生き抜くことはできそうもないなと、ふと思った。親鸞のいうような過激な生き方を追及していると、現実にはとても食べていけそうにない。有名な『歎異抄』には、逆説にみちた鋭いことが説かれていますが、あれを現実にわが事として実践しようとしたら大変なことになる。まず家族とのつき合い方を改めなくてはならない、俗物的な生活もあきらめなくてはならないかもしれない。「ああ、これはとてもだめだ」と思いました。
そんな時に蓮如という人間が突然身近かに感じられるようになった。彼の考え方がすうっと胸に入ってきました。彼の現実路線ですね、生きていくための知恵というか、現実的な考え方があるのだなということが、からだでわかるようになった。親鸞は「悪人こそが救われる」といっているのだけれども、蓮如は善を実践することも大切なのであって、それで救われることもあるのだと、全然逆のことを言っていることに気づいた。少しずつ善を重ねていかないと、現実の苦しい社会を生き抜いてはいけないよと、いっているような気がした。職がなくて、貧乏して、不如意の生活がつづいていたからかもしれません。そのように考えていくと、この世にはいろんな道があるんだなということがみえてきました。そしてそのような体験を受け入れていくと、それまで自分がもっていた信念のようなものをある意味で捨てるということになる。そのようなことも自分なりの勇気だったという気がします。
「勇気」という問題を出した背景には、こうした自分の体験がありました。もちろん親鸞の思想については、不思議なことにそれにも拘わらず、だんだん否応なく惹きつけられていきました。これはこれで、教養ということが私にとっていぜんとして奥の深い問題だと気づかせてくれるわけであります。

 

後援
  • 文部科学省
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